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萌えろ!九州三国志~第一話~

長門31560年 豊後にて惨劇が起こる。
大友氏第20代当主・大友義鑑は、正室の子である大友義鎮(のちの大友宗麟)を嫡子と決定していたが、側室の子である3男の塩市丸を後継者としたいと考え、義鎮を廃嫡しようとしていたとされる。このため、大友氏内部では義鎮派と塩市丸派に分裂し、互いが勢力争いを繰り広げていた。

長門3ちなみに、立花道雪役でも出演するの、混乱を避けるように、解説役の時はこの格好・・・

長門3義鑑(父)や塩市丸の生母は、塩市丸の後継を実現するために入田親誠とともに義鎮派の主要人物を次々と謀殺していった。しかし逆に追い詰められた義鎮派の一部が、大友館の2階で就寝していた義鑑と塩市丸、そしてその生母を襲撃した。この襲撃によって義鑑は致命傷を負い、後妻と塩市丸は斬り殺された。

長門3だが、襲撃者達もまた、駆けつけた武士たちによって全て討ち取られた。義鑑も数日後に受けた傷がもとで、領国経営に関する置文を残して死去。
大友氏の家督と豊後・肥後の守護職は、戸次鑑連(立花道雪)ら家臣に擁立されて義鎮が継承した。
この惨劇は、当時では珍しい二階建だった大友屋形で起きた事から「二階崩れの変」と呼ばれるようになった。







大友義鎮(後の宗麟)
ハルヒと言うわけで、私が領主なわけねw

臼杵 鑑速(大友家の重臣)
きょん血生臭い事件の後なんだから、少しは自重しろよ、、、

ハルヒなにいってんのよ!まだ後始末が終わってないわよwはやく入田親誠を討ちなさい!

戸次鑑連 (べっき・あきつら、後の立花道雪)
長門・・・了解








長門3塩市丸派の入田は肥後の阿蘇惟豊を頼って逃亡するが、事件後に阿蘇氏によって討たれる。機敏な行動で事態を制した義鎮は、府内の西山城に入り家督を継いだ。

長門3二階崩れの変は、一般的には追いつめられた義鎮派の一部による暴走であると考えられているが、義鎮が影で動いていたとも言われている。詳細は未だに謎・・・

長門3ともかく大友義鎮が九州の名門大友家の第21代当主になりました。この時20歳。この若き当主の元、大友家は波乱万丈の道を進んで行くことになるとは、この時は誰も思ってはいませんでした。

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漢字が多いわっ

もっとわかりやすくしないと、死刑だから^^

ぶっちゃけた話、その辺りのバランスを模索中ですわw
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